これは嘘のような本当の話。
とあるオンラインゲームで起きた悲劇。
OL26歳独身の美代子(仮名)はこのオンラインゲームに夢中だった。
仕事が終わり、家に帰宅すると毎日ログインをして、リンクシェルと言われるチームの仲間とチャットや冒険を楽しんでいた。
オンラインRPGの舞台、ヴァナ・ディールは彼女にとってかけがえのない世界となっていた。
彼女はオンラインRPGゲームという事もあり、ちょっと幼いキャラを演じて遊んでいた。この世界で会話する時、語尾が「~なのら」と舌っ足らずな感じの口調に徹していた。ゲームにログインしてすぐに言う彼女の挨拶は「インしたのら」であった。
このヴァナ・ディールにはタルタルと言う幼い種族がいて、彼女のキャラの種族もタルタルだった。
美代子はキー入力の速さには自信があった。彼女はローマ字入力ではなく、カナ打ちをマスターしているため、他人よりも手数が少なく入力する事が出来た。ヴァナ・ディールにおいても彼女はカナ打ちをしていた。
この幼い種族と舌っ足らずな口調は非常に相性が良く、そもそもタルタルはみんなに可愛がられるキャラであったし、何より美代子の人懐っこい性格と相まって、美代子はリンクシェル内でも中心的なメンバーとなっていった。
キャラ設定、会話も早く、そして何よりリアル女性。美代子がリンクシェルの中で人気者になるのも必然だった。
*
美代子もこのオンラインゲーム歴が3年を過ぎる頃、同じリンクシェルのメンバーの男性と一対一でよく会話する様になっていた。それは多人数で雑談出来るリンクシェル会話ではなく、テルと言われる二人だけの専用チャットでの会話だった。通称、裏テルと呼ばれる「ミンナニハナイショダヨ」的な会話だ。
女性という事もあり、この3年の間でチョイチョイこの様な裏テルをしてくる男性はいたが、美代子自身が出会いを求めるタイプでもなく、ただヴァナ・ディールを仲間と一緒に楽しみたい思いが強く、テルよりもリンクシェル会話の方で盛り上がってしまうので、テルは自然と放置気味になり、男性たちはフェードアウトしていく事が殆どだった。自ら断らなくても勝手に去って行ってくれる事もあり、お誘いチャットは来るものの面倒だとは思っていなかったのである。
その美代子がリンクシェルよりも優先してテルチャットをする男性なのだから、美代子にとってどういった存在の男性であるかは察しが付くであろう。
いつしかヴァナ・ディールにインをするとリンクシェルに「インしたのら」と言う前に彼がインをしているかチェックして、インをしていたら美代子の方からテルをする程、夢中になっていたのである。
この男性、名前は航(仮名)といい、彼もまたこのゲームにハマっていた。今回、リンクシェルの人気者である美代子と裏テルをするような間柄になれた事はまんざらでもなく、ヴァナ・ディールでの生活は益々楽しいものとなっていった。
航は美代子の10歳年上の36歳独身。もともと同世代の男性は幼いなぁと感じていた美代子にとって10歳年上の男性は大人であり、それだけで魅力的に感じていた。
しかし、この航は36年間彼女がいたことのない女性歴のない独身。そして、性に対して非常に厳格な母親に育てられた事もあり、性に対しては非常に神格化するきらいがあった。快楽で性を求めるなどはあり得ず、まして女性が性に対する事を口にするなどはあり得ない価値観の持ち主であった。
時折、リンクシェル内でも下ネタが出る時があった。美代子は同世代の男性メンバーが言う下ネタを見る度に、「やっぱり子供ね」と思っていた。一方航は「そういう会話はリンクシェルの品位を落とすから控えてほしい」とピシャリと指導するのである。
その発言を見て美代子はより一層「航さんって大人だなぁ」と更に惹かれていった。
航は美代子の幼い性格(これはキャラ設定によるものなのだが)に対して、非常に純粋無垢な印象を抱いたのだ。それは彼が持っている理想の女性像とマッチしていて彼自身も美代子に惹かれていたのである。
*
とある日の事。
航は美代子にプレゼントがあるとテルをしてきた。
人気の少ないエリアに二人で行って、そこでプレゼントを渡したいと伝えてきた。
航は骨細工スキルが高く、プレゼントは自作した「カラパスブレスト」一式だった。カラパスブレスト一式を航から渡れた美代子は嬉しそうにはしゃいだ。
「かにらのら~!かにらのら~!」
はしゃぐ美代子を見て航も嬉しかったに違いない。
「喜んでくれて嬉しいよ!!」
航もまんざらでもなかった。
「装備して見せておくれよ」
美代子はプレゼントされた防具を装備して航に見せていた。
ほどなくしてリンクシェルのメンバーが美代子と航が二人で違うエリアにいる事に気が付き、リンクシェルで「何をやっているの~!!?」と聞いてきた。
リンクシェルの中でも美代子と航の事はこっそりと噂になっていたのだ。二人以外のテルでは付き合っているんじゃない?なんて話も出ているくらいだった。
リンクシェルの中心人物的なメンバーが冷やかすように「えー二人で○○にいるとかあやしいなぁ。なにやってるの?」と聞いてきた。
仲のいいリンクシェルメンバーに聞かれているのに無視するわけにもいかず、それとなく答えた。
蟹装備を見せていので、「蟹見せしてる」と伝えようとした。美代子の口調に直すと「蟹見せなのら」となる。
いつもの様にカナ打ちでひらがなでカチヤカチヤターン!と打った。
「かにみせらのら!」
美代子はカナ入力でこう打ったつもりだった。
しかし、リンクシェル会話に表示された文字は違った。
ち○ぽこ!
時が止まりました。全ての時間が。
航も凍り付きました。性的な事を言う女性は受け入れられない性格もあり、この文字は彼にとっては受け入れがたいものです。航は冷めていきました。いつしかリンクシェルからも消え、ゲームで見かける事もなくなりました。
美代子の淡い恋は終わったのでした。
*
なぜ?なぜこんな事になったのでしょう。
美代子は普段カナ打ちでしたが、実はこの時なぜかカナ入力ではなくローマ字入力になっていたのだ。
キーボードのひらがなを「か」「に」「み」「せ」「ら」「の」「ら」と確認すると、アルファベットの「T」「I」「N」「P」「O」「K」「O」となります。
つまりTINPOKO。そういう事です。
これが今回の悲劇の正体でした。
美代子は今日もどこかでカナ打ちをしています。
おしまい
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